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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)531号 判決 1996年3月27日

主文

一  原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  被告は、原告に対し、金六〇二一万三七二五円及びこれに対する平成二年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被告の負担とする。

五  この判決の主文第二項及び第四項は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件につき)

一 被告

1 原判決中被告敗訴部分を取り消す。

2 原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。

二 原告

本件控訴を棄却する。

(乙事件につき)

一 原告

1 主文第一、第二、第四項と同旨

2 仮執行の宣言

二 被告

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告との間で締結した原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の売買契約(以下「本件売買契約」という。)に基づき、手付金として三〇〇〇万円、売買代金の一部として三〇二一万三七二五円を被告に支払ったが、本件売買契約につき錯誤による無効、詐欺による取り消し、手付金放棄による解除等を主張して、不当利得返還請求権に基づき、被告に対し、右合計金六〇二一万三七二五円及びこれに対する遅延後の平成二年六月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅滞損害金の支払を求めるとしている事案である。

一  争いのない事実等

1 原告は、平成二年四月一〇日、被告との間で、農地(畑)である本件土地を被告から代金二億八〇五〇万円(坪単価九万八〇〇〇円、ただし、別に交付する三〇〇〇万円の点は除く。)、手付金三〇〇〇万円の約定で買い受ける旨の売買契約(本件売買契約)を締結した。

2 原告と被告は、本件売買契約において、契約の履行に着手するまでは買主(原告)は手付金三〇〇〇万円を放棄し、売主(被告)は右手付金の倍額を償還して契約を解除することができる旨の約定をした。

3 原告は、本件売買契約の締結に先立ち、平成二年三月一二日、被告に対し、本件土地の買受申込証拠金として三〇〇〇万円を交付していたが、本件売買契約を締結した同年四月一〇日、右金員を手付金に充当した。

4 原告は、平成二年六月上旬到達の書面により、被告に対し、本件売買契約は契約前の説明とは異なり本件土地の農地以外のものへの転用が困難と判明したから、要素の錯誤により無効である旨主張するとともに、原告の買受けの意思表示は被告の詐欺によるものであるから同契約を取り消す旨の意思表示をして、手付金三〇〇〇万円の返還請求をし、併せて右無効ないし取消しが認められない場合に備えて、予備的に右2の約定解除権に基づき、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

5 原告(代理人弁護士中尾英夫)は、平成二年六月一九日到達の内容証明郵便により、被告に対し、本件売買契約は説明された道路が開拓道路ではなく郵政省の管理通路であって通行できなくなっており、要素の錯誤により無効である旨主張して、手付金三〇〇〇万円の返還請求をした。

6 さらに、原告は、平成二年九月一〇日の原審第一回口頭弁論期日において、被告に対し、右4と同一の理由(詐欺)により本件売買契約を取り消す旨の意思表示をした(顕著な事実)。

二  主要な争点

1 原告は、被告との間で、被告に対し本件売買契約書に記載された金額とは別に売買代金の一部として三〇〇〇万円を支払う旨の合意をしたか。右合意の履行と原告名義で購入されたNTT株式二五株との関係。

(原告の主張)

(一) 原告は、平成二年三月一二日、被告との間で、本件売買契約を締結するための話合いをし、原告が被告に対し、手付金として三〇〇〇万円を支払うこととするほか、契約書上に表示された売買代金以外に三〇〇〇万円の現金を支払う旨合意した。

(二) 原告は、右合意に基づき、同年三月二三日、被告の指示で、被告が証券会社と買付契約をしたNTT株式二五株分の売買代金三〇二一万三七二五円を被告に代わって支払のため証券会社に交付して、これを支払い、株券預り証を受け取った。なお、被告が右株式を原告名義で買付したのは、便宜的にしたまでである。

(三) 原告は、本件売買契約の締結日である同年四月一〇日に右株券預り証を売主(被告)側に交付した。右預り証は、以後売主側において保管し、行使されている。

(被告の主張)

(一) 原告の右主張(一)のうち、原告と被告との間で原告主張の日にその主張の話合いが行われ、原告が被告に手付金三〇〇〇万円を支払う旨の合意が成立したことは認めるが、その余は否認する。右話合いの際、原告が被告に、売買代金とは別にNTT株式二五株を交付するとの合意が成立したものである。

(二) 同(二)、(三)のうち、原告がNTT株式購入代金として三〇二一万三七二五円を証券会社に交付したことは認めるが、その余は否認する。被告が原告から契約時に手付金として受け取ったのは、三〇〇〇万円とNTT株式二五株である。右株式は、原告も了承して仲介業者小田陽一郎(以下「小田」という。)の預かりの対象となっており、被告が受け取っていないから、被告にその返還義務はない。

2 本件売買契約の締結につき、原告に要素の錯誤があったか。これがあったとして、原告には重大な過失があったか。

(原告の主張)

(一) 被告は、仲介業者小田を代理人として本件売買契約を締結したものであるところ、小田は、公道(市道)から本件土地に至る道路につき、事実は郵政省敷地内にある同省の管理通路(以下「郵政省管理通路」という。)であり、一般道路として通行が認められているものでないにもかかわらず、原告に対し、郵政省管理通路を一般人が通行可能な道路(開拓道路)であるとして誤った説明をした。また、小田は、真実は本件土地(農地)を雑種地に容易に転用できないにもかかわらず、原告に対し、容易に転用できるとの趣旨の説明をした。

(二) このため、原告は、郵政省管理通路を一般の通行が可能な開拓道路として認識し、本件土地に十分な道路が確保されていると誤信するとともに、本件土地(農地)を雑種地に容易に転用できるものと誤信して、これを価額形成において考慮し、買受けの判断材料として本件売買契約を締結したものである。原告は、右売買契約締結当時、もし前示真実の事情を知っていれば、本件土地買受けの意思表示をしなかった。

前記本件土地の接道状況及び雑種地への転用可能性は、本件土地の性状としてその価額形成及び利用方法に大きく関わるものであり、土地買受けの重要な最終判断材料の一つであり、土地売買契約の重要な要素である。

右のとおり、本件売買契約の締結につき、原告に要素の錯誤があった。

(三) さらに、右(二)の要素、特に本件土地(農地)の雑種地への転用可能性に関する錯誤は、動機の錯誤を含んでいるが、本件の場合は、次の理由により要素の錯誤となる。

すなわち、右雑種地への転用可能性は、売主側からの説明であり、それを信じるにつき特段の事由がある場合であり、この転用により、土地の評価及び流通性は高まり、土地の等価性は大きく異なる。これらの誤った判断(錯誤)は、売主側代理人小田の説明によるものであり、その説明に売主側として重大な過失があるか、もしくは売買促進を狙う甘言があったのであって、このような事実は売主として知ろうとすれば知り得る立場にあったのであり、買主の意思表示がこれによってなされたと知り得る立場にあったのである。この場合には右事実が表示されなくても、表示されたと評価でき、それが意思表示の内容の錯誤となり、要素の錯誤となる。

(四) 前示錯誤につき原告に重大な過失があるとの被告の主張は否認する。小田は、不動産取引の専門家であり、原告が全面的に信頼していた業者(行政書士)であるから、原告において売主側の小田の説明をそのまま信用し、本件土地の接道状況や雑種地への転用可能性につき調査をしなかったとしても、重大な過失があるとはいえない。

(被告の主張)

(一) 原告の右主張(一)は否認する。小田は、被告の代理人ではなく、あくまで仲介(媒介)業者である。本件土地には公道に通じる開拓道路が存在し、被告は、本件土地を農地として利用する限り、郵政省管理通路を利用できるものである。小田は、原告に対し、右管理通路につき事実上通行可能な通路であると説明したにすぎない。

(二) 同(二)は否認ないし争う。原告は、農地を確保する必要から本件土地を買い受けたものであり、全て飲み込んで本件土地の購入を決意したものである。原告には要素の錯誤はなく、何らかの錯誤があったとしても、それは動機の錯誤にとどまる。

(三) 同(三)は争う。右動機は表示されておらず、表示されていない動機の錯誤によって契約が無効となることはない。

(四) 仮に本件売買契約の締結につき原告に要素の錯誤があったとしても、原告には、重大な過失がある。

3 本件売買契約における原告の買受けの意思表示は、被告(代理人小田)の詐欺によりなされたものか。

(原告の主張)

小田は、本件土地の売主である被告の代理人であったところ、本件売買契約の締結に先立ち、真実は本件土地を農地以外のものに転用できないことを知っていたにもかかわらず、原告に対し、本件土地を雑種地に容易に転用できる旨、意図的に説明をした。このため、原告は、右事実を誤信し、本件土地買受けの意思表示をしたものである。

右のとおり、小田は、売主である被告の代理人として本件土地の物件説明にあたり、原告を欺罔したものである。

(被告の主張)

原告の右主張は否認する。原告は、当初から農地を確保する必要上、本件土地を買い受けたものである。

4 原告は、手付金三〇〇〇万円の放棄による本件売買契約の解除により、被告に対し、不当利得として三〇二一万三七二五円の返還を請求することができるか。

5 本件売買契約は原告の債務不履行を理由に解除されており、原告は、本件売買契約書九条二項の約定により、被告に対し手付金(本訴請求金員)の返還を請求することができないか。

(被告の主張)

原告は、本件売買契約の約定に基づく最終決済日である平成二年七月五日、何らの履行の提供をしなかった。そこで、被告は、原告に対し、同月二三日到達の内容証明郵便により、原告の義務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。よって、原告は、被告に対し、本件売買契約書九条二項の約定により、本件手付金の返還を請求することができない。

(原告の主張)

被告の右主張は否認ないし争う。

第三  証拠関係《略》

第四  当裁判所の判断

一  争点1(契約書記載以外の三〇〇〇万円支払の合意及びその履行の有無)について

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

本件土地は、登記簿上は被告の所有となっているが、実質的には被告と福田攻(以下「福田」という。)ほか二名計四名の者の所有(共有)に属していたものであるところ、本件売買契約に関する交渉は、福田が小田に本件土地を坪単価一一万円で売却したいとして売却の仲介方を依頼し、小田がこの話をかねてからの知り合いである原告に伝えたことから始まったものである。

原告は、平成二年三月一二日、小田の事務所に出向き、小田や福田及び被告と話し合い、被告との間で、国土利用計画法の届出の確認通知書を受領後、速やかに本件土地の売買契約を締結する、原告は被告に買受申込証拠金として三〇〇〇万円を交付し、これを売買契約締結時に手付金に充当する旨の覚書を交わした。その際、原告と被告は、右届出の関係で(後に届出は不要と判明)、売買代金を坪当り一一万円から九万八〇〇〇円に圧縮し、契約書に記載しない売買代金の一部として、原告が被告に対し三〇〇〇万円を負担し支払う旨合意し、さらに契約締結日を同年四月一〇日、最終決済日を同年七月五日とする旨合意した。そして、右契約書に記載しない三〇〇〇万円の処理については、後日、売主(被告)側から連絡するということになっていたところ、同年三月二〇日、福田から原告に対し、右金員で株を取得することにしたので、同年三月二三日に兵庫銀行大久保支店前まで、三〇〇〇万円の保証小切手と株式購入の手数料分として現金二一万三七二五円を持参して欲しい旨の連絡があった。そこで、原告は、右福田の指示に従い、同日、同支店に三〇〇〇万円の保証小切手等を持参し、これを原告名義で購入することになっていたNTT株式二五株の購入代金三〇〇〇万円とその手数料二一万三七二五円の支払代金として、福田を通じて野村証券塚口支店の営業担当者に交付し、同人から同株式にかかる株券預り証を受け取った。右株式は、その後原告名義で購入された(前示被告と福田との関係からすると、福田の行動は全て被告の承認ないし委任を受けてなされたものであり、株式購入の手続も福田が行ったものと推認される。また、右株式が原告名義で購入されたり、右預り証を原告が受領したのは、右時点はまだ前示契約日以前のことだったからであると推認される。)。

原告は、同年四月一〇日、小田の事務所において、被告や福田も出席のうえ、本件売買契約を締結したが、その際、被告から本件土地売買の交渉を任されていた小田から、三〇二一万三七二五円をNTT株式二五株分として預かった旨の三和土地建物株式会社(代表取締役小田雄司、なお同人は小田の弟に当たり、小田も同会社の取締役の一人である。)作成名義の預り証の発行を受け、これと引換えに右株券預り証を小田に交付した。なお、その際、右株式については、最終決済日までに株価が変動しても決済には影響しないものとすることが当事者間で了承されており、右株券は、その後福田において証券会社から受領し、これを保管していたが、原告から前示平成二年六月上旬の解除通知がなされた後、小田に返還されたので、現在、同人がこれを預かり保管中である。

被告は、原告との間で、原告が手付金としてNTT株式二五株を被告に交付する旨合意した旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

右認定事実及び弁論の全趣旨を併せれば、原告は被告に対し、本件売買契約の締結に先立ち、売買代金の一部として契約書に記載する代金とは別に三〇〇〇万円を支払う旨の合意をし、右合意に基づき、これに相当する金員として被告購入にかかるNTT株式二五株の購入代金及びその手数料支払に必要であった三〇二一万円三七二五円を被告のため福田を通じて証券会社に交付して支払ったが、原告と被告は、本件売買契約締結の際、右合意及び支払の事実を再確認し、右支払金員を売買契約書に記載しない売買代金の一部として支払ったものとしたと認めるのが相当である。

二  争点2(原告の要素の錯誤及び重大な過失の有無)について

1 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件土地は、本件売買契約締結当時、市街化調整区域内に所在する開拓農地であり、公道から本件土地に至る進入路として、郵政省が通信総合研究所関西支所の敷地として管理する通路(郵政省管理通路)と兵庫県農林部が管理する開拓道路が存在していた。そのうち、郵政省管理通路については、郵政省は、本件売買契約の締結のころまで長期間にわたり、明示的に一般の通行を禁止する措置をとったことはなく、付近の土地所有者が農作業のため通行するのを事実上黙認してきたが、それ以外の者の通行は原則として禁止しており、また、右通行できる者に対しても正式の通行権を認めるものではなかった。

他方、開拓道路のうち、アスファルト舗装した比較的広い道路部分(以下「アスファルト舗装開拓道路」という。)を除く本件土地近辺の道路部分については、道幅の狭い箇所があったり、路上に会所や段差等があったりして道路として十分に整備されていなかったため、普通乗用自動車による通行が困難な状況にあった。

(二) 原告は、農業に従事するかたわら、不動産仲介業を営み、これまで農地の転用による転売利益を得ることを目的とした不動産取引等を行ってきた者であり、小田は、土地家屋調査士・行政書士等の資格を有していた者である。小田は、平成元年九月ころ、前示のとおり本件土地の実質的所有者の一人であり、被告より交渉を一任されていたとみられる福田から本件土地売却の仲介方を依頼されたため、翌一〇月ころ本件土地売買の話を知り合いの原告のもとに持ち込み、その後住宅地図写しと国土調査図面写しを原告に手渡した。そして、原告を現地に案内することになり、同年一一月ころ、公道(第二神明道路)からアスファルト舗装開拓道路に入る入口付近で原告と落ち合い、各人の自動車で同開拓道路を進行したのち、郵政省管理通路に入り、アンテナの周囲を迂回する同管理通路を通って本件土地に到達したが、当時、郵政省管理通路の入口や出口には立入り禁止の立看板等はなく、同管理通路は外見的には自動車による一般の通行が可能な道路としか見えず、原告は少なくともそのように了解した。原告は、本件土地に到着後、小田から本件土地の現地説明を受け、同人と共に周辺の開拓道路の状況を見て回ったが、自動車で行った道路は途中までしか行けず、歩いて行った別の北方の道路も、雑草が繁茂していて歩きにくく途中から引き返したため、結局、本件土地近辺の一部の開拓道路を見て回っただけで、アスファルト舗装開拓道路からそれ以外の開拓道路を経由して本件土地に至る道路については、現地で確認したことはなかった。小田と原告は、帰路も、往路と同じ道を経由して帰った。

(三) 小田は、原告が本件土地買受けの意向を示した平成二年三月ころ、所要事項のほか、「3 道路その他」の欄に「道路南側に開拓道路(幅員三・五m)あり」と記載した本件土地の物件説明書を作成し、これを原告に交付した。原告は、物件説明書の右道路に関する記載に格別疑問を抱くことなくこれを信じ、小田から現地案内を受けた際に確認した道路の外見的状況等から、本件土地の南側に直接接している開拓道路部分のみならず、同開拓道路部分とアスファルト舗装開拓道路との間にある郵政省管理通路をも一般の通行が可能な開拓道路であると誤って認識した。そして、原告は、公道から本件土地に至る道路として現地案内の際に通行し確認した進入路の全部が、真実、一般の通行が可能な開拓道路に間違いないかどうかにつき特に調査確認をすることもなく、右誤った認識を本件土地買受けの重要な判断材料の一つとして本件売買契約を締結するに至った。

(四)原告の本件土地買受けの目的は、本件土地を自ら耕作するためではなく、そのうちほぼ三分の一の面積に相当する部分(三反)については、農地を取得するに必要な農地法上の適格性を保有するためであり、残余の部分(約六反)については、将来農地以外のものに転用可能の状態になれば、これを他に転売して利益を得るためであった。

(五) ところが、郵政省は、付近の土地へ廃棄物を投棄する者が郵政省管理通路を通行するため、本件売買契約締結直後の平成二年四月一三日ころ、同管理通路の入口と出口付近に「構内につき許可無き者は立入禁止」と記載した立看板を設置し、木杭とロープにより出入りを規制した。原告は、その後調査の結果、現地案内の際通行した公道からの進入路の一部が郵政省管理通路であり、一般の通行ができないことを知り、さらに同管理通路以外の開拓道路を利用して自動車により本件土地に至ることも不可能ないし著しく困難であることを知るに至り、本件土地には公道からの進入路として自動車による一般の通行可能な道路が確保されていないことが判明した。

2 前記認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件売買契約の締結にあたり、郵政省管理通路を開拓道路の一部であり、公道から本件土地に至る道路として、一般的に通行可能な開拓道路が確保されていると誤信していたもので、錯誤があったことが明らかであり、これはいわゆる動機の錯誤に当たるところ、前示現地案内のときの状況や物件説明書の記載からすると、右動機は少なくとも本件売買契約の締結の際表示されていたものと認められる。そして、本件土地に至る道路の存否ないし状態は、売買物件の性状として価額形成や土地の利用方法等につき重大な影響を及ぼすものであり、本件土地買受けの重要な判断材料の一つになったことに照らすと、本件売買契約の重要な部分に当たるから、原告のした本件売買契約の意思表示は、その要素に錯誤があったものというべきである。

3 なお、前認定の諸事情と原告本人の供述を総合すれば、原告は、本件売買契約当時、実際には本件土地(農地)が容易に雑種地に転用できないものであったのに、容易に転用できるものと誤信してしいたことが認められ、原告には右の点においていわゆる動機の錯誤があったものと認められるが、右動機が表示されていたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、右動機の錯誤は本件売買契約の要素の錯誤とはならないというべきである。

この点に関し、原告は、右動機の錯誤が表示されなかったとしても、本件の場合は前記第二の2 (三) のとおり要素の錯誤となる旨主張するが、原告の右主張は、独自の見解に立つものであって、採用することができない。

4 被告は、原告に要素の錯誤があったとしても、原告には重大な過失がある旨主張する。

しかし、原告が小田から交付を受けた物件説明書の記載や現地案内を受けたときの状況等に照らしても、原告が本件土地の売買契約の締結にあたり、郵政省管理通路が本当に開拓道路の一部なのかどうか、公道から本件土地に至る道路として一般に自動車による通行可能の道路が確保されているかどうかにつき疑問を抱くべき特段の事情があったと認められないことからすると、原告が当時不動産仲介業を営み、これまで不動産取引に携わってきた実情を考慮に入れても、原告が本件土地に至る進入路に関し、一般の通行が可能であるかどうかの点につき特に調査確認をしなかったことをもって、原告に重大な過失があるということはできない。

以上によれば、本件売買契約は要素の錯誤により無効であるというべきである。なお、これに伴って、本件売買契約と不可分の関係にある平成二年三月一二日の契約書記載以外の売買代金支払の合意も無効となるものと解するのが相当である。

三  争点4、5(三〇二一万三七二五円の返還請求の可否)について

原告が本件売買契約書に記載しない売買代金の一部として三〇二一万三七二五円を被告に支払ったことは前記一で認定のとおりであり、本件売買契約が要素の錯誤により無効であり、これに伴い契約書記載以外の売買代金支払の合意も無効となることは前記二で判示したとおりである。そうすると、被告の本件売買契約書九条二項の約定による手付金返還請求不可の抗弁について判断するまでもなく、被告は、原告に対し、不当利得として右金員を返還する義務を免れないというべきである。

四  まとめ

以上によれば、被告は原告に対し、不当利得として、原告から支払を受けた手付金三〇〇〇万円及び売買代金の一部三〇二一万三七二五円を返還する義務がある。ところで、右返還債務は期限の定めのない債務として発生するものであり、その請求により遅滞に陥るというべきところ、前記第二の一の5・6の事実に照らせば、遅くとも平成二年六月一九日には遅滞に陥ったものというべきである。したがって、被告は、原告に対し、不当利得として右合計金六〇二一万三七二五円及びこれに対する遅滞の翌日である平成二年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

第五  よって、原告の本訴請求は、全部理由があるから、これを認容すべきところ、これと一部結論を異にする原判決はその限度で不当であるから、原告の控訴に基づき、原判決を右のように変更し、被告の控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野 茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 長井浩一)

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